焦点距離とパースペクティブと「35mm換算」

APS-Cサイズと呼ばれるデジカメの場合、一般に「焦点距離は1.5(1.6)倍」とされている。
が、この言い方は非常に曖昧で誤解を招きやすい表現なので、はっきりと理解しておこう。

まず、パースペクティブというものを理解する必要がある。
パースペクティブとは、距離が違う物体の画面内での位置関係によって生まれる遠近感のことである。
これは、撮影距離によって変化する。
しかし、画面のある一部分を取り出した時、距離が同じならばどんな画角でもパースペクティブは同一なのだ。
例えば焦点距離50mmと100mmで、二つの物体を同じ距離で撮った場合、画面内に占める大きさは変わるが両者の位置関係はまったく同じだ。

この画像は3Dソフトでレンダリングしたもので、レンズとしてはゆがみが一切なく、ボケが完全にないパンフォーカスである。
25mm, 50mm, 100mm で椅子から5mの位置から撮影している。

25mm 50mm 100mm

これではパースがどうなっているか分かりにくいのでそれぞれ被写体が同じ大きさになるようにトリミングしてみよう。

25mm 1/4トリミング 50mm 1/2トリミング 100mm 1/1

解像度を除けばまったく同じ画像になっているのが分かるだろうか?

では、焦点距離と撮影距離を共に二倍にするとどうなるか。
この場合は、主要被写体の見かけの大きさは変わらないがパースペクティブが変化する。
なぜなら、焦点距離が二倍になることで物体が二倍に見えるようになり、撮影距離が二倍になることで1/2になるので見た目の大きさは変わらないものの、被写体と撮影者の位置関係が変化するのでパースペクティブが変化するのだ。

25mm 撮影距離5/4 = 1.25m 50mm 撮影距離5/2 = 2.5m 100mm 撮影距離5m

主要被写体である椅子の見かけの大きさは変化していないが、前後にあるランタンとトリケラトプスとの位置関係が変化しているのがわかるだろう。
また、主要被写体も前後に「厚み」があるので、パースペクティブが変わって25mmでは広角特有の変形をしている。
これが、一般に画角によるパースペクティブの変化と思われているものの正体である。
画角が変わると、主要被写体を同じ大きさに写すために撮影距離が変わるので、それにつれてパースペクティブが変わるのであって、画角によってパースペクティブが変わるわけではないということがおわかりだろうか?

上のトリミング例と同様に、APS機で「35mm換算」で焦点距離を計算する時にも同じことが言える。
例えばCANON一眼レフの場合は焦点距離換算値は1.6倍になるが、フルサイズで80mmで撮ったものと、APS-Cで50mmで撮ったものは同じパースペクティブになるということである。
キヤノンAPS-Cでは、50mmを1/1.6にトリミングしたものと同等なので、50*1.6=80と同じパースペクティブになるのである。

さて、ここまでで、フルサイズとAPS-Cでは焦点距離が1/1.5(1.6)倍のレンズを使えばフルサイズと全く同じものが撮れると思われるかもしれない。
しかし、実はそうではないのだ。

写真の重要な構成要素に「ボケ」がある。
焦点距離が変わると、ボケが変わってしまうのである。
ボケは焦点距離が長いほど大きくなる。
つまり、フルサイズ80mmのボケはAPS-Cの50mmよりも大きいので、パースペクティブが同じでもボケ方が違い、写真の出来上がりとしては別物なのだ。
例えばフルサイズ50mmF1.8で撮影距離1mの場合の被写界深度は48mm(許容錯乱円径0.0333mmとして)。
これが80mmの場合、わずか18.7mmになる。
50mmF1.8を1/1.6にトリミングする場合は許容錯乱円径も変わるのでこれを考慮に入れても被写界深度30mm。

これは撮影距離を変えずに焦点距離のみ変えながらボケまでレンダリングしたものである。
構図はまったく変わらないが、同じF値でもボケが全く違っている。
被写界深度は実焦点距離によって変わるからだ。

25mmF1.8 1/4トリミング 50mmF1.8 100mmF1.8

ちなみに許容錯乱円径とはピントが合っているとみなせる像のボケの大きさで、ボケが撮像面上で0.0333mmの範囲内に収まる
深度が、被写界深度となる。
トリミングする場合はこのボケの範囲も拡大されるため、許容錯乱円は0.0333/1.6 = 0.0208mmとなる。
なお、この許容錯乱円径のサイズには諸説あるが、一般的な値を採用した。

これは、特に撮像素子の小さなコンデジの場合に顕著になる。
コンデジは一眼レフに比べてピントが深くボカしにくいと言われるが、原因はこれである。
同じ換算焦点距離でも、撮像素子が小さいコンデジでは実焦点距離は非常に短くなり、このために被写界深度が深くなるためボケないのだ。

逆にいえば、換算焦点距離がx1.6だとしても、その換算焦点距離相当のボケは得られないということである。
つまり、望遠レンズによる大きなボケというメリットが減殺されることになるのだ。
画角が小さくなることでより望遠寄りになるので被写体から離れる必要があり、そうするとさらに被写界深度が深くなってしまう。
ボケを生かした作画をしたい場合は、やはりフルサイズの方が向いているのだ。

では、具体的にどれぐらいボケが違うのだろう?

結論から言うと、フルサイズとAPS-Cで同じ画角と被写界深度にしようとする場合、APS-Cにおける焦点距離と絞りにそれぞれ換算値を掛けるだけでよい。

たとえばフルサイズでAPS-Cにおける50mmF1.4と同じ画角/被写界深度にするには、80mmF2.24 となる。
実際にはF2.24というのはないのでF2.2だ。
逆に、たとえばフルサイズ85mmF1.2と同じものをAPS-Cで得ようとすると、なんと53mmF0.75という非現実的なレンズが必要になってしまう。

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